2019 新年明けましておめでとうございます

2018.12.30京都北山「ザップ楽食」さんで

とても美味しいフグ料理をごちそうになりながら

「かとう」に閉幕の報告と

15年間の感謝の気持ちを伝え

加藤からも感謝の言葉

叱咤激励の言葉に

これから私も本当の優しさを

身に付けていかねばと考えさせてくれました

平成が間もなく終わりを告げる年

終幕を迎える2/3(日)

「かとう」からの最高のプレゼント

「AIRU」で皆さんを迎えてくれると言ってくれました

今回は笑顔でと心持って逢ったのですが

「かとう」の本当の優しさに…..

「追記」

このメッセ-ジがどれだけ励まされたかわかりません

2012年のブログ「幸せのレシピ」より

カトウからの感激のメッセ-ジ

〜出会い〜1980年。

僕が19歳の時、僕は京都にあるファッションビルのBALの中のセレクトショップで販売員のアルバイトをしていました。

同じフロアの違うお店で販売員として働かれていたのが松井さんでした。

歳は僕よりだいぶ上で、当時お店や休憩の時によく話しかけてもらったのを覚えています。

それが32年前。

〜再会〜

1990年。

当時僕はフリーでデザイナーの仕事をしていました。

その時、ある子供服のブランドからオファーを頂き、そのブランドの仕事をする事になりました。

はじめてそこのオフィスに行った時。

なんと。

そこに居るではないですか、松井さん!!

「うわっ、何してんの松井さん!?」てなぐらい意外な再会でした。

〜転職〜

その後松井さんは東京に引っ越され、あるアパレル会社に働かれていました。

しばらくしたのち。

その仕事を辞めて、突然植木屋に勤め出しました。

「ええっ、何してんの松井さん!!」

「う〜ん。アパレル業界もういいわ。」

〜誕生〜

2000年。

KATOブランドを前年に立ち上げて忙しく仕事をしていたら松井さんから連絡があり。

「植木屋辞めて〜、加藤の服売るわ。」

当時は今の定番数マークと数品番しか自社ブランドで作っていなかったので、当然僕の服以外は仕入れて販売するものと思っていましたら

「え、何言ってんの。お前の服しか売らへんで。」

「ええっ、けど5マークしか無いで。どうやって店するの?」

相変わらず言い出したら聞かない松井さんは、僕の忠告も無視してとっとと店をオープンさせてしまいました。

それが『藍瑠』の誕生です。

〜歩み〜

小さいお店でも当時はそんなたくさんのアイテムを作っていなかったのでお店の中はスカスカでした。

当時東京でKATOブランドを扱ってくれていたのは、中目黒のBAMBOO SHOOTSの甲斐くんと藍瑠の松井さんこの2人でした。

少しづつ品番数も増え、ブランド数も増え………….

今に成ってはあのお店に入りきれないくらいのアイテムを作れるブランドになりました。

当時無名だったKATOブランドを一生懸命売り続けてくれたおかげで今日があります。

今では東京で直営店を出す様になり、吉祥寺や青山のお店にきてくれるお客様の中には

バンブーやアイルで買って頂いて好きになって頂いた方々がたくさんいらっしゃいます。

〜そして、今〜

今回AAAのヘリテージツアーと銘打って直営店やフランチャイズ店で10月からイベントをさせていただいておりましたが

最後の最後、大トリの締めは、藍瑠で明日より行います。

ファッションとは縁遠い、駄菓子屋の様なお店ですが(笑)

このお店があったからこそ今のKATOブランドがあると思っています。

みなさん

これを機会に三軒茶屋のアイルを訪ねてください。

(ご案内はコチラをご覧下さい)

〜感謝〜

松井さん、ありがとう。

これからもよろしくね。

「これからもよろしくのうた」

ヨカッタラ聞いて下さい。

see you…..

クリックすると大きいサイズでご覧いただけます