おかげにてAIRU10周年

2013 10.25 10周年を迎える事が出来ました。

友人の愛娘 「あいる」 ちゃんは同日11歳に

可愛い×②あいるちゃん、お誕生日おめでとう

2003年春植木屋さんでの仕事場で知り合った

西山氏にお店造りをお願いし(OKをいただき)

京都に迎いその夜呑みながら

加藤氏にKATO’でお店をのお願いを

加藤氏から感動的な言葉をいただき

感無量で涙した事忘れません

西山氏にお店造りを断られてれば

京都に行かなかったし

KATO’ ONLYでなければ

AIRUは誕生してないと

たとえば加藤氏がパン作りをやってれば

パン屋さんをやってましたし(笑)

そしてお店の場所は住んで大好きになった三軒茶屋に

駅からは少し離れた所を選んだのも

どうしても一人で接客したい思いと

(出来る限りお客様の顔覚えていたい)

ゆったりと商品を見ていただきたく

ゆっくりお話が出来る行列の出来ないお店を目指そうと

店名の由来 は私の命の恩人である(今居るのも太のお陰)

友人(太)の愛娘 「あいる」 ちゃんからちょうだいし

大きくなって「KATO’」デニムを穿いてもらう事を目標に

2003 10.25 「AIRO」 OPEN

当初は定番デニム4型 JACKET5型位しかなく

加藤氏からも「ONLY SHOPは無理だから」

直営店で扱ってる セレクト商品を貸してくれるとの やさしい言葉に

「それではお店をやる意味が無い」と 偉そうに断り

「頑固だから」と頑固者の加藤氏に言われた事も

すると二年目にはシャツを本格的に作り始めてくれ

「こんな感じで良いか」と電話もらった時にまたまた感激

10年前はKATO’を東京で扱ってるお店が2店舗で

入店されるほとんどの方がKATO’をご存知なく

(その方が商品の良さ感じてもらえたのでは)

デニムを試着して「穿きやすい」と感じてくださる方が多く

それでもご近所の方がほとんどの為

「定番ですのでゆっくり考えて又良ければ」と一度お帰りいただくと

ほとんどの方が戻って来てくださった事とても嬉しかったです

一人の女性は方今までパンツは穿くがデニムは何度も

チャレンジし断念していた方で

定番デニムブ―ツカットを試着されて

「こんなに穿きやすいの初めて」と デニムデビュ―を

そして数日後その女性に薦められ試着された方に

お話聞くと メガネのデザイナ―で

作りての温もりが伝わる デニムだと言ってくださり

勉強になるので体感するようにとの事で

嬉しくて泣きそうになりに 加藤氏に会った時伝えると

「そんな事分からないやろ」と照れ笑いしていました

それ以来「何でこんなに穿きやすいの」と尋ねられるので

「KATO’マジックです」と

この時KATO’ ONLYで間違いはなかったと確信しました

10年経ち同じデニムを何度も購入されてる方も多く

アメリカの方で三軒茶屋に住まれた時からKATO’ファン

その時は彼女が日本人で訳してもれえたのですが

アメリカに帰り一人で毎年来られる様になり

日本語がまったく話せないのですが

同じデニムを購入いただくので

英語が話せない私でも大丈夫でした(笑)

それから日本人の方が得意先のアメリカの方を

連れて来てくださった時

「何処に行きたい」と尋ねたら

「寿司 KATO’」に行きたいと言われ探して来たと

世界の北野  世界の加藤なんだと自慢でした

本人さんと友人のおみやげにとデニムを購入いただき

とても喜んだ笑顔 本当に嬉しかったです

一番多い人は10本同じデニムを

いくら新しいデニムが出ても振り向かず

来店されると試着せず同じ物を(お話あまり出来ず残念ですが)

毎年会えるのが楽しみです

よく聞かれるのが  「どれがお勧め?」

「大好きな作品ばかりですので全てです」と

「KATO’の特徴(魅力)は?」

左胸をたたいた「ハ-ト(温もり)です」と

3年が過ぎ口コミだけで遠方からも来てくださる方も増え

アイテムも増えてきた時に

OPEN日にたまたまご近所で来てくださった八須さんから

ホ-ムペ-ジに入荷情報お知らせすると 遠方の方助かるのではと

無償でホ-ムペ-ジ作っていただき 感謝感謝です

2011 3 11大変悲しい出来事が起きた時

私物のKATO’の商品をチャリティ-に出した時も

AIRU OPEN前からのKATO’ファンでいてくださった窪田さん

痩せて穿けなくなったデニムなどを10本以上出してくださり

無償の愛に感動と見習いたいと

(以後多数の方からも出してくださり)

皆さんが購入していただき寄付出来た事(現在424,000円)

これからも続けていきますので御協力お願いします

学生時代にKATO’ファンになってくれた方が

卒業後来店された時に「仕事は」とたずねると

「消防救急隊になりました」と

2011年 3月 11日までは別の仕事に就こうと思ってたが

東日本大震災後に何か自分に出来る事がないかと考えてと

22歳の時自分はそんな風に誰かの為にとか

考えれなかったし胸が熱くなりました

動物好きに悪い人はいないと言いますが

KATO’好きの人は良い人ばかりだと(笑)

10年間で良いニュ-スも沢山ありました

地元福島郡山でKATO’ファンになり

2005年春にプロボクサ-を目指し東京へ

KATO’をこよなく愛し続けてくれる

ヒデ君(大竹秀典選手)が

日本ス-パ-バンタム級のチャンピオンになった事

デビュ-戦から全て応援に行き

人一倍努力していた事見てきたので

本当に嬉しかったです(皆と抱きあったのも人生初)

ご結婚された方やお子様が出来、

お店に連れてきてくださった事など

嬉しい出来事もたくさんあります

皆さんからたくさんの愛をいただき本当に有難うございます

以前加藤氏に「松井さんは人のふんどしで相撲取るの上手いね」(笑)と言われ

その通りで本当に何の才能も無い私でも

良い人に巡り逢える運を持つ才能のお陰で

「KATO’」が運んでくれた素敵な大切な人達が

私の大きな財産で誇りで自慢です

本当に幸せ者と感謝しています

これからもっと多くの方がAIRUのおじさんの顔見に行こうと

気軽に来ていただける事願っています(買い物は二の次で)

そしてこれからも サッカ- 美味しいお店などの話

(洋服の話ほとんどしないです)

お付き合いいただく様お願いします

お店での話しと同じく長々と話にお付き合いいただき、本当に有難うございました

先日小林夫婦の結婚式

川原神社(名古屋)で空にハ-トが(クリックして大きく)

これを見て 皆様が少しでも幸せな気持ちになってもらえば幸いです

「親愛なるカトウへ」

会っても照れくさくて言えないのでこの場を借りて一言

カトウ10年間温かく見守ってくれて本当に有難う

昨年ブログで「松井さん」と書いてくれた事私の宝物です

偶然いや必然のカトウとの 三度の出会い神様に感謝してます

カトウが物作り止めた時にAIRUも幕を下ろしたいので

その日までカトウのふんどしで相撲取らせてください(笑)

自称KATO’一番のフアン 松井

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